事務所探訪

home 事務所探訪 016株式会社青二プロダクション

016 株式会社青二プロダクション

“声の力”を信じ、声優文化の担い手として歩んできた半世紀 人と人のつながりを原動力に、俳優を生涯にわたって支え続ける

平成31年3月、事務所を移転。新たな地で新たな歴史が刻まれていきます

事務所探訪第16回は、「株式会社青二プロダクション」です。昭和44年、声の仕事を中心に手がけていたマネージャー・久保進さんが代表となり、今は亡き名優・渡辺篤さんを年長者とした11名の俳優と、3名のスタッフでスタート。その後、業界のパイオニアとして道を切り開き、“声で表現すること”の素晴らしさを世に広めてきました。そうして長年培ってきた「信用と信頼」を礎に、アニメ、ゲーム、外画吹き替え、CM、ナレーションのキャスティングや音響制作など、声にかかわるすべての業務を請け負っています。つねに新しいトップランナーを生み出しながら、ベテランとして長く活躍している名優が多く在籍し、生涯にわたってバックアップしているプロダクションでもあります。平成31年4月、創立50周年を迎えました。

今回は、51年目となる今年4月、代表取締役社長に就任した竹内健次郎さんに、語り継がれる創立当時のエピソードから、創業者の代から継承されてきた“青二イズム”、ご自身が中心となって立ち上げたラジオドラマ『青山二丁目劇場』の誕生秘話、創立50周年記念公演として企画した朗読劇、Symphonic Drama『火の鳥 ~黎明編~』にかけた想いまで、さまざまなお話をうかがいました。

■ 「自分たち俳優が生涯居続けられる事務所をつくりたい」とスタート

青二プロダクションは、若い俳優たちが集まって、「自分たち俳優が生涯居続けられる事務所をつくりたい」という11名の俳優たちの想いのもと、皆で力を合わせて立ち上げたものです。話し合いのうえで久保が代表を務めることになったそうですが、全員が主体的になって運営していた“手づくりの事務所”でした。

代表兼マネージャーの久保も含めてスタッフが3名と、人手が足りない状況でしたから、俳優の中には電話番をしたり、経理を手伝ったりする者もいたようですし、社名ロゴも、当時から所属している俳優・石原良が考案したそうです。

社名は、「事務所の場所が南青山二丁目だった」ということと、「青二才の集まりだから」というふたつの理由で決まったのだとか。ちなみに「青二才」は、長老の渡辺篤が口癖でよく使っていたそうで、創立メンバーも気に入っていた言葉だったと聞きました。

また、「日本初の声優事務所」と言われることが多いのですが、弊社は「声優事務所」としてスタートしたわけではありません。当時は「声優」という言葉自体ありませんでしたし、映像や舞台など顔出しの仕事もしていましたから。「声を主体としたプロダクション」という言い方が正しいのかなと思います。

マネージャー出身で、営業部長、専務取締役などを経て、令和2年4月、代表取締役社長に就任した竹内健次郎さん。ラジオドラマ『青山二丁目劇場』の立ち上げや朗読劇など、数々の企画をプロデュース。隅々まで目を配る、パワフルで情熱的なお人柄です
竹内さんと同じくマネージャー出身で、営業本部長を経て、令和2年4月、常務取締役に就任した青木真一さん。新オフィスの内装やレイアウトにあたっては、持ち前のアイデア力を発揮し、随所にこだわりを織り込んだそうです
石原良さんが「青二のイメージでデザインした」という社名ロゴ。さまざまな図形を並べ、いろいろな個性が集まっていることを表現しています。また、丸が少し外側にはみ出していることで、枠に収まらない個性という意味もこめられているそうです(諸説あり)

■ “声で表現すること”の素晴らしさ、重要性を広めてきた50年

事務所の入り口で最初に出迎えてくれるのは、野沢雅子さん演じる『ドラゴンボール』の孫悟空。日本だけでなく世界中の人々に愛されているキャラクターです

創業者の久保は、“声で表現していく”ということに対して、誰よりもプライドをもっていました。「声の芝居というのも、役者の仕事のひとつとして素晴らしいものなんだ」と。それこそ、日本中の誰よりもそれを意識していたマネージャーだったと思います。「何とかして認知させたい」という想いが強く、一歩ずつ道を切り開いてきました。

今や「声優」は、世界に誇る日本の文化となっています。むしろ、日本よりも海外のほうが「声優」を高く評価してくれているかもしれません。イベントなどで海外に行くと、そう感じます。例えば、『ドラゴンボール』は世界的なコンテンツとなっていますが、「孫悟空の声を演じている野沢雅子さん」という認識も世界中の人がもっているということです。

今年4月、「次の時代を若い力でつくろう」ということで、私を含め人事の一新を図りました。前社長の古市も相談役として残ります。諸先輩方がつくり上げてきた歴史を思うと、責任の重みをひしひしと感じています。しかし、やるからには、先代、先々代の想いや理念をしっかりと受け継ぎ、51年目からの青二プロダクションを、所属している人間たちを支えていきたいと思っています。

今、声優業界全体的に、歌やステージ、テレビなど、声の仕事以外の活動が増えています。表現者として、脚光を浴び、注目されるのはとても大事なことです。ただ、「われわれは声の仕事をメインにしている」ということを見失ってはいけません。“声で表現すること”の価値を発信してきた“青二”という看板を背負う以上、王道をいかなければならない。そのうえで、今の時代にふさわしいやり方も模索していく必要があると考えています。

■ 北青山三丁目へ事務所を移転。新しい時代の青山を拠点に

創立50周年を迎えた昨年、さまざまな変化がありました。

まず、心機一転、新しい事務所で50年目を迎えたいと思い、3月に事務所を移転しました。ビルに面した外苑西通りは、TOKYO 2020の舞台となる新国立競技場へ向かって真っ直ぐのびていますし、向かいの青山ベルコモンズ跡地も再開発されて、“新しい時代の青山”の香りが色濃く漂う場所です。

事務所探しをするにあたって、南青山二丁目エリアの100件近くの物件データを見ましたが、なかなか条件に合う物件が見つかりませんでした。その中で、北青山三丁目にある今の場所に出会ったのですが、正直、南青山二丁目から出ていいものかどうか、悩みました。そこで創立メンバーに相談したところ、「青山の地を離れなければいいよ」とのお墨付きをいただきました。

オフィスのレイアウトにもこだわり、スタッフと俳優の距離が近く、コミュニケーションをとりやすい設計にしました。

また、SNS時代に対応するため、5月には公式Twitterアカウントを開設しました。最新の出演情報やイベント情報を発信しています。俳優たちのオフショットも発信していて、反響が大きいです。今後も、求めてくださるファンの方々がいれば、応えていきたいと考えています。

400名超の所属俳優を支えるスタッフの皆さん。女性スタッフが多く活躍しています
スタッフのデスク近くに設けられたフリースペース。ここでセリフの練習をする所属者が多く、スタッフと所属者との間に自然と会話が生まれています
カーブした曲線が美しい棚には、これまで所属俳優が授与されたトロフィーや記念盾がずらり。目を引きやすい場所に飾り、俳優の功績を称えています
心地よいソファとクッションが設置されたスペース。所属者のボイスサンプルのチェックなど、打ち合わせに利用されています

■ “生涯俳優”の体現者が青二塾の新塾長に就任。自身の演技論を伝授

昨年4月、青二プロダクション附属俳優養成所「青二塾」にも変化がありました。東京校の校舎が吉祥寺から六本木へ移転したこと。授業時間が3時間から2時間に変更になったこと。そして、東京校の塾長に古川登志夫が就任したことです。

なぜ彼だったのか。それは、青二プロダクションと青二塾の共通理念として新しく立ち上げた「生涯俳優宣言」の体現者だからです。「昔、活躍していた」ではなく、「現役で活躍している」人間です。つねに業界のトップランナーとして居続けている彼が塾長の椅子に座るからこそ、説得力が生まれる。彼のように「生涯現役を貫ける人間」を育てていきたいし、「“青二”はそういう人間が所属している事務所である」ということです。

青二塾は声優養成所ではなく、俳優養成所としています。「優れた声優は、優れた俳優でもある」という考えからです。「演じること」の基本は俳優も声優も同じです。もちろん声に特化した内容もありますが、まずは役者としての基本をしっかりとやる。そのうえで、声だけで表現していったほうが、より密度の高い芝居ができるのです。

キーとなる「演技」の授業は、古川に担当してもらっています。半年間で演技の基礎を学び、残りの半年間で卒業公演を制作する。1年間という限られた期間でプロを輩出するのは大変なことですが、彼には、経験の中で試行錯誤しながら確立してきたメソードがあり、それを凝縮して教えています。演劇、アニメーション、ナレーション、外画吹き替えと、オールジャンルをやっていますから。俳優としても声優としても第一線に立つ彼だからこそ、現場が今何を必要としているのか、ニーズの変化を敏感に感じ取り、授業に取り入れることができるのです。ときには厳しさもあると思いますが、愛情をもって塾生に向き合ってくれています。

同じく演技の授業を担当している松野太紀も、声優としてはもちろん、舞台や映画などで俳優としても活躍しています。映画『男はつらいよ おかえり 寅さん』にも出演しましたし、山田洋次監督作品には欠かせない存在になっています。

また、1コマの授業時間を短くしたことで、そうした多忙な俳優でも教えることが可能になりました。2時間という時間は、現代の塾生に合っていると思います。短いからこそ集中力を切らさず、講師の教えを受け取りやすいのではないかと。時代にふさわしいかたちとして、養成所のあり方も変えていかなければならないと考えています。

「演技」の授業風景(青二塾東京校)。40期生は卒業公演で朗読劇に挑みました
「ダンス」の授業風景(青二塾東京校)。テレビや舞台、コンサートなどで振付提供や演出を行う“まーしー”さんが指導しています

■ 人間力を育てる。それこそが養成機関としての使命

演じるとは何か、表現とは何か――創業者の久保も、初代塾長の久松保夫も、前塾長の北川米彦も、皆が立ち上げの頃から言ってきたことは、「行き着くところは人間である」ということです。つまり、人間力というものを鍛えていかなければなりません。古川はこれを「人格等身大表現」と呼んでいて、「演技力は、その人の人格と等身大である」としています。優れた表現者は人間的にも魅力的だということです。

私もそう考えていて、役者にも人としての“品格”が大事なのではないかと思っています。どんな役を演じようと、内面がにじみ出てくるものですから。しかし、それを教えるのは難しいことです。そこで、青二塾のカリキュラムに「日本舞踊」の授業を取り入れています。開校当時から続けてきた科目で、平成24年からは清水流の家元の清水清幸さんに直接指導していただいています。所作も身につきますし、授業では稽古着として浴衣を着ますから、着付けもある程度できるようになります。1年だけでは上達するにも限度がありますが、「日本舞踊」という伝統芸能に触れることそのものが重要だと考えています。人間としての成長につながるからです。

1年間のカリキュラムが終わると、青二プロダクションのオーディションを受けてもらうことになります。残念ながら、卒業生全員に所属してもらえるわけではありませんが、私はその全員が“青二”だと思っています。情熱をもって、いろんな想いでぶつかってきてくれた塾生たちは皆、“青二”というDNAをもっている。だから、「自分たちは青二だ!」と胸を張って社会に出てほしい。大事なのは人間力です。それを鍛えてきた卒業生は、どこへ行っても活躍できるはず。どんな仕事にも真剣に向き合うことができるでしょう。

もちろん、次代の青二プロダクションを担う仲間をつくるのが青二塾の主目的ではありますが、社会にそのような人材を送り出すことも養成機関としての大事な役割だと考えています。

■ “青二”に根付く理念「信用と信頼」。
 人と人の関係以上に大事なものはない

創業者の久保進さん。「信用と信頼」の大切さを繰り返し唱え、スタッフや俳優に根付かせてきました
久保さんが執筆した心得帳。あいさつや感動することの大切さなど、「信用と信頼」を築くために必要な心構えが綴られています

人間力が大事なのは、われわれの仕事も同じです。創立から一貫して今も基本理念としてあるのは「信用と信頼」。50年経とうが100年経とうが、“青二”がある限り、それがすべてだと思っています。

つねに一本一本の仕事に責任をもって向き合うということです。まず入り口として、「青二に発注したら間違いない」「青二の○○というマネージャーに相談したら間違いない」と思ってもらえることがすごく重要。そして、結果を出して、「ああ、やっぱり素晴らしかったね。青二に頼んでよかった」とクライアントに納得していただけて、作品を観てくれた方々の心を動かすことができれば、次につながっていく。そして、その積み上げがあれば、所属している人間に、充実した俳優人生を過ごしてもらうことができます。俳優が仕事をきっちりキメてきて、「今日もよかったね」と声をかけるのが、マネージャーにとってうれしい瞬間です。

マネージャーと俳優の関係も「信用と信頼」がなければ成り立ちません。まずマネージャー自身が俳優に信用してもらうこと。そして、マネージャーも俳優を信頼すること。それが成立して初めてお互いに仕事を任せ合い、一緒にやっていくことができるのです。

それはマネージャー同士、俳優同士の関係も同じです。組織の中で信頼し合っていなければ外に向かっていけません。完璧な人はいないし、誰にだってミスはある。ただ、ミスをしたときにフォローしてもらえたり、意見を出し合ったりできることが重要です。時代が変わろうとも、どんなに組織が大きくなろうとも、人と人の関係以上に大事なものはないのではないかと思っています。

■ 声優が育っていく場所として立ち上げた、ラジオドラマ『青山二丁目劇場』

スタッフ・キャストの笑顔があふれる収録現場。メインMCで、“劇場支配人”を務めるのは古川登志夫さん。毎週月曜日、夜8時30分から開演です

平成18年から文化放送でスタートしたラジオドラマ『青山二丁目劇場』も、今年で14年目になりました。この番組を立ち上げた頃は、レギュラーで放送しているラジオドラマがどんどん少なくなってきている時期でした。予算がかかりますし、ラジオドラマの演出家も減っていたからでしょう。そんな状況を見て、あるとき久保から、「アニメーションには絵がある。外画というのは役者が演じている。でもラジオドラマというのは、絵も役者もない分だけ、本当に自分の芝居ができる。だから、声優が育っていく場所として重要だ。誰も作らないなら、われわれが作ればいい」と言われ、私が中心になって立ち上げることになりました。

オンエアが毎週あるので、作家さんを探すのも大変でした。舞台を観に行って、「この話おもしろいな」と思う作家さんがいたら、バックヤードに行って紹介していただいたり、いい作家さんを人づてに紹介していただいたりして。今は7、8人の作家さんに担当してもらっています。

番組を続けてきて今、ラジオドラマの重要性を実感しています。昔の現場というのは、大ベテランの方がいる中に、新人が主役として抜擢されて入っていき、鍛えられていったものでした。失敗も許されませんし、緊張の連続ですよね。必死になって先輩たちのことを見て、聴いて、学んでいく。まさに、久保が言っていた「声優が育っていく場所」になっています。

また、自分たちで番組をもっていることで、所属する人間をキャスティングすることができるのは、大きな利点です。ものすごい実力をもっているのに、今あまり表に出なくなったベテランの俳優が大勢いますから。聴いてくださった方に、「この人すごい。誰なんだろう」と興味をもってもらえたらいいなと。

そうやって、『青山二丁目劇場』を通してラジオドラマのおもしろさが伝わっていって、「今度は自分がラジオドラマを演出してみたい、出演したい」という人が出てきてくれれば、これほどうれしいことはありません。

■ 「できる!」という喜びと体験を若者に届けた「声の力」プロジェクト

岐阜県立岐阜盲学校での特別授業の様子。真剣な表情で生徒たちと向き合う水田わさびさん

昨年の夏から、文化庁さんと朝日新聞さんが企画した「声の力」プロジェクトに参加しました。弊社の俳優が視覚特別支援学校を訪れ、視覚障害のある高校生たちに向けて、特別授業を行うというものです。古川が都内の学校へ、水田わさびが岐阜の学校へ、岩田光央が広島の学校へ、山口由里子が愛媛の学校へ、講師としてうかがいました。

最初にこのお話をいただいたときに、自分の子ども時代を振り返りました。子どもの頃から野球をやっていたのですが、あるときプロ野球の選手が来て、一緒にキャッチボールをしてくれたことがあったんです。すごく感動しましたし、パワーをもらいました。高校まで野球を続けることができたのも、そのときの思い出が大きく、原動力になったのだと思います。いまだに覚えているほどで、触れ合ったときに感じたものが今も残っているんです。

だから今回のプロジェクトでも、アニメが大好きで、声優という存在を応援してくれている生徒さんたちのもとに、誰もが知っている声のプロを派遣し、触れ合ってもらうことで、自分自身にリミッターをかけずに、「できるんだ」「やってみよう」と思ってもらえればと――そういう背中を押したい気持ちで参加させていただくことになったのですが、実際に会ってみたら、こちらのほうが逆にパワーをもらってきてしまいました(笑)。それほど、すごくパワフルな生徒さんたちなんですよ。

特別授業に参加した生徒さんは、自分から「やってみたい!」と手を挙げて来てくれた方々です。だからこそ、授業に対して一瞬も気を抜かず、気持ちをぶつけてきてくれました。講師の発するひとつひとつの言葉からイメージを膨らませることに長けていて、想像力がすごく豊かだなぁと、話していても感じます。“プロだからこそできないこと”が彼らにはできると思いました。

彼らと接していて、われわれができることは何かと考えたときに、彼らが「できた!」と実感できるところまでもっていきたいと考えるようになりました。そこで、文化庁さんと朝日新聞さんに、「実際にラジオドラマを制作してオンエアもしてみては」と相談してみたんです。皆さん、すごく熱い想いで取り組んでいらっしゃる方々なので、「いいですね!」と、われわれの提案に積極的に乗ってくださり、ラジオドラマ制作に向けて動き出すことになりました。

『青山二丁目劇場』の特別番組として放送することになり、本番に臨むにあたって、精鋭メンバーで1月に2泊3日の合宿を行いました。2日間、弊社所属の磯部弘が演技指導をし、3日目にラジオ局で収録に挑みましたが、生徒さんたちは必死に特訓についてきてくれて、収録では無事、不安や緊張をものともせず、ショート作品を立派に演じきってくれました。本物のスタジオ、本物のディレクターという、プロと同じシチュエーションを経験したことが、今後、彼らにとって何か原動力になれればいいなと思っています。

 

※「声の力」プロジェクト:文化庁の「平成31年度 障害者による文化芸術活動推進事業」として、視覚障害のある高校生たちが、声による伝え方の多様性を学ぶことで、自分の可能性を再発見することをめざすプロジェクト

■ 50年の集大成となった朗読劇で、“青二”の原点を再確認

創立50周年事業の締めくくりとして、何か大きなことをしたいと考えたときに、われわれがやるべきことは、やはり“声で表現するもの”を見せることだと思いました。そこで、朗読劇、Symphonic Drama『火の鳥~黎明編~』を企画しました。言わずと知れた手塚治虫先生の名作『火の鳥 黎明編』を“声の力”で表現したいと、青二プロダクションの総力を結集したものです。

じつはこの『火の鳥 黎明編』は、創立10周年にも挑戦した、青二プロダクションにとって原点といえる作品です。創立からずっと青二プロダクションを支えてきてくれた柴田秀勝の総指揮で、渋谷公会堂と名古屋の中日劇場で上演しました。オーケストラも入れ、シンフォニックドラマというかたちで作り上げたこの舞台は、ショーアップした朗読劇の走りとなりました。そして、青二プロダクションはこのステージを境に、さらに勢いをつけて駆けていくことになります。

私はこれまで数えきれないほどの朗読劇を観てきましたが、あのステージを超えるものに未だ出会っていません。いい作品を観ると悔しくなる性格なので、なんとかしてあのステージを超えてみたいと思い、今回、あえて同じ題材を選びました。「生命とは何か」を問う、非常に複雑なテーマの作品です。演出として深作健太さん(映画監督・脚本家・舞台演出家)のお力添えをいただきながら、40年前のステージとはまったく別のかたちで一緒に作り上げました。

ファンの皆さまにこの朗読劇をお届けしたい――その一心で準備を進めてきましたが、新型コロナウイルスの感染拡大状況を考慮し、ご来場くださるお客さまをはじめ、出演者、スタッフ、関係者の健康と安全を最優先し、お客さまを動員しての公演は残念ながら中止することにしました。しかしながら、楽しみにしてくださっていた皆さまのお気持ちに少しでも応えられるよう、無観客公演を行い、映像作品として皆さまにお届けしたいと思っています。

お客さまの前で披露することは叶いませんでしたが、今回、再び『火の鳥 黎明編』の朗読劇に挑んだことで、“青二”の原点であり、根幹となる“声の力”を再確認しました。われわれの次の青二プロダクションにも、この作品を通してバトンを渡せたらと思っています。まだまだ早いですが(笑)。51年目からの青二プロダクションを見ていてください。これからもプライドをもって、“声で表現する”という文化を担っていきます。

 

株式会社青二プロダクション ホームページ https://www.aoni.co.jp/
青二プロダクション附属俳優養成所「青二塾」東京校 ホームページ http://www.aonijuku-tokyo.jp/
青二プロダクション附属俳優養成所「青二塾」大阪校 ホームページ http://www.aoni.co.jp/osaka/
青二プロダクション公式Twitterアカウント https://twitter.com/aoni_official

home 事務所探訪 016株式会社青二プロダクション


事務所探訪

PREX
PREの広報活動
PREセミナー
季刊PRE
事務所探訪
著作権用語辞典